統計学の時間

確率的システムと認知バイアス:
タロット占いの数理的解剖

この解説では、伝統的な「占い」のプロセスを、離散数学、確率論、および認知心理学の観点から分解します。
ランダムな事象がいかにして「意味」を持つに至るか、その背後にある数理モデルと認知メカニズム、特にApophenia(アポフェニア:無作為な情報にパターンや意味を見出す心理作用)について考察します。

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状態空間と組み合わせ爆発

タロット占いの「神秘性」の正体の一つは、人間が直感的に把握できないほどの巨大な状態空間(State Space)にあります。 タロットデッキは通常78枚のカードで構成されます。ここから任意の枚数 $k$ を選ぶ順列(Permutation)を考えます。

定義:順列 (Permutation)

異なる $n$ 個のものから $k$ 個を選んで一列に並べる場合の数。

$$ _n P_k = \frac{n!}{(n-k)!} $$

一般的な「ケルト十字法(10枚引き)」の場合、$n=78, k=10$ です。

$$ _{78} P_{10} = 78 \times 77 \times \dots \times 69 \approx 4.57 \times 10^{18} $$

※さらに正位置・逆位置を考慮すると $2^{10}$ 倍となり、約 $4.68 \times 10^{21}$ 通りになります。

枚数による組み合わせ数の爆発的増加(対数スケール)

なぜ対数スケールなのか?
もしこのグラフを通常の目盛り(線形スケール)で描くとどうなるでしょうか?
1枚選ぶ場合(78通り)を紙1枚の厚さ(約0.1mm)とすると、10枚選ぶ場合(約457京通り)の棒グラフの高さは、およそ 5光年先(48兆km) まで到達してしまいます。
対数グラフが「直線的」に見えること自体が、直感を超えた「指数関数的な爆発」の証左なのです。
Coffee Break: シャッフルの数理

「デッキを何回シャッフルすれば十分にランダムになるか?」という問題は、数学者パーシ・ダイアコニスらによって研究されました。 52枚のトランプの場合、リフルシャッフル(2つの山をパラパラと混ぜる方法)を7回行うと、数学的にランダムな状態(全順列の確率分布が一様分布に近づく)になることが証明されています。 この「ランダムさの度合い」は、数学的にはTotal Variation Distance(全変動距離:理想的なランダム分布との"ズレ"を測る指標)を用いて評価されます。

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擬似乱数とアルゴリズム的「運命」

コンピュータ上の「運命」は、擬似乱数生成器 (PRNG) によってシミュレートされます。 右の図は、乱数の質を可視化したものです。

擬似乱数と確率の関係

数学的な「確率」は、無限回の試行において特定の事象が発生する頻度(大数の法則)によって定義されます。 一方、コンピュータの乱数は「決定論的(Deterministic)」です。

  • 初期シード(Seed):乱数生成の「種」。同じシードからは、常に同じ「乱数列」が生成されます。
  • 一様分布性:良質なアルゴリズムは、あらゆる事象(カード)を公平な確率で出現させます。

現代の標準:メルセンヌ・ツイスタ

周期が $2^{19937}-1$ と極めて長く、623次元空間で均等分布します。

悪い乱数 (線形合同法) 標準的な擬似乱数 (Math.random)

※JavascriptのMath.random()は実装依存ですが、
多くの場合Xorshift系などが使われ、統計的には十分一様です。

Determinism(決定論)と運命 コンピュータの乱数は計算式(アルゴリズム)によって決まるため、最初の「種(シード値)」さえ分かれば未来の全てのカードを予測可能です。
これは哲学における「決定論(Determinism:初期条件が未来を完全に定めるという考え)」の世界観と一致します。「偶然に見える事象も、実は初期条件によって定まっている」――プログラム上の乱数は、まさにそのような「計算可能な運命」の縮図と言えるでしょう。
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ベイズ推定による解釈モデル

占いを「未来予知」ではなく、「新しい情報(カード)を得て、事前の信念を更新するプロセス」として捉えると、ベイズ統計学で説明がつきます。

基礎知識:条件付き確率

ある事象 $B$ が起こったという条件下で、事象 $A$ が起こる確率を $P(A|B)$ と書き、以下のように定義します。

$$ P(A|B) = \frac{P(A \cap B)}{P(B)} $$

これは、「$B$ が起きた世界」という新しい枠組みの中で、$A$ の確からしさを再評価することを意味します。

ベイズの定理と計算例

$$ \underbrace{P(H|D)}_{\text{事後確率}} = \frac{\overbrace{P(D|H)}^{\text{尤度}} \times \overbrace{P(H)}^{\text{事前確率}}}{\underbrace{P(D)}_{\text{周辺尤度}}} $$
シナリオ:恋愛成就の確率更新

ユーザーが「好きな人と付き合えるか?」という仮説 $H$ を持っています。
最初は自信がなく、確率は五分五分と見積もっています。

Step 1
事前確率 $P(H) = 0.5$
占う前の主観的な確信度。
Step 2
データ観測:タロットで「恋人 (Lovers)」が出た ($D$)
このカードは、成就する場合に出やすいカードです(尤度)。
・成就する場合に出る確率 $P(D|H) = 0.8$
・成就しない場合に出る確率 $P(D|H^c) = 0.2$ と仮定します。
Step 3
事後確率 $P(H|D)$ の計算
まず、分母(周辺尤度 $P(D)$:とにかく恋人のカードが出る全確率)を計算します。
$$ \begin{aligned} P(D) &= P(D|H)P(H) + P(D|H^c)P(H^c) \\ &= 0.8 \times 0.5 + 0.2 \times 0.5 \\ &= 0.4 + 0.1 = 0.5 \end{aligned} $$
これを使ってベイズの定理を適用します。
$$ P(H|D) = \frac{P(D|H) P(H)}{P(D)} = \frac{0.8 \times 0.5}{0.5} = 0.8 $$

結論:確信度のジャンプ

カードを見る前は 50% だった自信が、カードを見たことで 80% に更新されました。
タロット占いは、この「確率的更新」をドラマチックに演出することで、ユーザーの背中を押す(行動変容を促す)システムと言えます。

Episode: ユングとパウリの対話

分析心理学の創始者カール・グスタフ・ユングと、ノーベル物理学賞受賞者のヴォルフガング・パウリ(パウリの排他原理で有名)は、長年にわたり手紙を交換していました。

二人は、因果関係(原因→結果)だけでは説明できない事象の連なりについて議論し、それを「シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)」と名付けました。 統計学的には「確率の低い独立事象の同時発生」として処理される現象も、人間の心理にとっては「主観的な意味」によって結合された不可分な体験となります。 タロットは、この「無作為な物理現象(カード)」と「心理的状態」をシンクロさせるためのデバイスと言えるでしょう。

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認知バイアスと「リトルウッドの法則」

バーナム効果 (Barnum Effect)

「誰にでも当てはまる曖昧な記述」を、自分だけに向けられた特別なメッセージだと誤認する現象。タロットのアルカナは、人類共通の普遍的な物語(元型)で構成されているため、統計的に高い適合率を持ちます。

確証バイアス (Confirmation Bias)

自分の仮説を支持する証拠ばかりを集め、反証を無視する傾向。「当たった占い」は強く記憶され、「外れた占い」は忘却されるため、主観的な的中率は高まります。

Topics: リトルウッドの法則(奇跡の法則)

ケンブリッジ大学の数学者リトルウッドは、「奇跡」を「100万回に1回の確率で起こる驚くべき事象」と定義しました。 人間が起きている間に1秒に1つの事象を認識すると仮定すると、1ヶ月(約30日)起きている間に約100万個の事象に遭遇します。 つまり統計的には、「誰にでも1ヶ月に1回は奇跡(100万分の1の確率の事象)が必然的に起こる」ことになります。 占いで驚くような一致が起きるのも、長い人生の中での「統計的必然」の一つなのかもしれません。

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実験:大数の法則シミュレーター

「大アルカナ(22枚)」から1枚引く試行をシミュレーションします。
試行回数 $N$ が少ないうちは確率に偏り(分散)が見られますが、$N$ を増やすと理論値($1/22 \approx 4.54\%$)に収束していく様子(大数の法則)が確認できます。

総試行回数

0

現在の最大偏差 (max |p-理論値|)

- %

最も多く出たカード

-

理論値: 4.545% (1/22)